起業のための「ドラッカー6つの発想法」
By: IsaacMao
ピーター・F・ドラッカーは、「マネジメントの父」と呼ばれる、社会洞察で未来予期をする人でした。「断絶の時代」に代表される彼の社会洞察は難解で理解に骨が折れます。
一方で、彼のマネジメント論はビジネスへの利用がしやすく、多くの人が彼の考え方を用いています。特にドラッカー発想法の代表的なものには「5つの質問」や「イノベーションの7つの機会」があり、経営者が好んで使用しています。
しかし、彼の発想法は定式化しすぎていて応用がききません。
とりわけ起業のような場面では、起業家それぞれが発想を応用し、独自の視点を生み出していかなければなりません。そうでなければ、起業家が他者を抜きんでた事業を創り出すことができないからです。
そこで今回、私が19年間ドラッカーを研究した中で、起業を目指す人に役立つと思えるドラッカー発想アプローチを6つ独自に抽出しました。
起業を目指す人は「ドラッカー6つの発想法」を応用し、起業へと進めて頂ければ幸いです。
◆ドラッカー発想法とは
起業を目指す人は、まずは自分がやるべきことを知る必要があります。
それには抽象化と観察が欠かせません。しかし、これはドラッカーが得意とした方法です。私はこれを応用し「ドラッカー発想法」としました。
具体的には次の6つのアプローチから成ります。
1.批判的思考
2.統合思考
3.弁証法思考
4.類推思考
5.原点思考
6.早送りの発想法
それでは、次に説明していきます。
1.批判的思考
起業のアイデアを考えるにはどうすれば良いでしょうか。これは「世の中の常識を疑うアプローチ」を使えば難しくありません。起業は「常識に反したアイデア」が高い付加価値を作り出すことができるためです。
ドラッカーは論文でよく「~は皆間違っている」という表現を使います。これは、常識を疑って皆が気づいてない価値を見つける方法です。これを「批判的思考」又はクリティカルシンキングと呼びます。
批判的思考は常識に「待った」をかけ、本当にそうか確認をするものです。この方法では「裏から考える」「前提にさかのぼる」ということが大事です。
例えば、「日本の企業は復活が必要だ」という世の中の風潮を裏から考えてみましょう。すると「日本の企業は復活が必要ではない」となります。
この上で「なぜ日本の企業は復活が必要ではないと言えるか」と問いを立て、前提に遡って考えてみると「常識に反したアイデア」が浮かんできます。
前提として「日本のGDPは30年以上成長しておらず、IoTによって企業のモノづくりの復活が必要」ということがあるかもしれません。
この場合、「IoTならモノづくりが復活する」ということが重要ですが、本当にそう言えるのでしょうか?
いくら、産業を刷新し、生産性を向上させる可能性のあるIoTといえど、インフラが整った日本においてIoTを普及させるのは容易ではありません。それぞれの企業が独自のシステムを構築しており、IoTを普及しようにも企業が新たに運用するには莫大な費用がかかってしまうためです。
むしろ、「IoTの起業家が世界で戦えるよう、新しいクラウドファンディングを作った方が良い」というような結論になるでしょう。
批判的思考はこのように使います。
2.統合思考
起業にはビジョン設定が重要です。
これには、自分の想いの言語化を行い、「何故そう考えるのか?」と自問自答していくことが必要です。とりわけ、アイデアの発想は当初、視野が狭くなりがちです。
しかし、自ら想いへの問いかけを行うと、上位にある概念に気づき、起業家自身が広い視点で事業に関わることを可能にすることができます。
これを「統合思考」又はインテグレーティブシンキングと言います。
トロント大学元学長 ロジャー・マーティンは、ドラッカーは統合思考を用い、あらゆることに注意しつつ発想をその上位概念にまで考えていたと述べています。
引用:ロジャー・マーティン
例えば音楽好きな人が起業のビジョンを設定する場合を考えてみましょう。
音楽が好き
⇒賑やかな感じになるから
⇒ワイワイするのが好きだから
⇒色々な人と明るい関係を広げたいから
⇒世界を笑顔にしたいから
このようにすれば、「世界を笑顔にしたい」という起業のビジョン設定を容易に行うことができます。
3.弁証法思考
起業では失敗が当たり前です。落ち込まずに失敗を活かし、次に繋げていかなくてはなりません。
しかし、失敗はその多くが「自分がやりたいこと」と「相手がしてほしいこと」がミスマッチしているときに起きます。この相矛盾した概念を満たすには、片方を捨てるのではなく「両立する」というアプローチが必要です。
この発想法を「弁証法思考」と言います。
「弁証法思考」は自分の発想と相対する発想を超越する所に答えを見出すものです。
統合思考と併用し、図の左下「正」から右上「合」に向かっていくイメージで考えます。
それぞれ、以下のような意味があります。
・発想にそのものを「正」
・発想に反対するものを「反」
・両立するものを「合」
ドラッカーはこれを無限回繰り返し、洗練した発想にしています。
起業においては、弁証法思考は本質的価値に気づく上で必要な方法です。反対する発想を脇に置かずにしっかりと受け入れながら考えていくことが重要です。
4.類推思考
起業はやってから検証すると非効率です。
数千万円も投資が必要な場合や、参入しようとする領域に市場があるかは事前に確認しなければなりません。実行したときに失敗のリスクを減らす上で重要となるためです。
そこで似た事業を設定してシミュレーションをします。これが類推思考です。
例えば、トラッキングシューズの特注店をしたいとき、既に存在している革靴の特注店を調べれば、事業の実現性はおおよその確立で判断することができます。
類推思考のコツは「ザックリと」がコツです。厳密なデータ比較より、起業家自身の「直観」で判断することが大事です。
また、類推思考はドラッカーが頻繁に使用する方法でもあります。統合思考で抽象化し、数世紀前の社会と類推します。この上で彼は社会の行方を構想しているのです。
5.原点思考
この思考は、斬新なアイデアを出したいときに使用します。
「そもそも…はどういうことか」と考え、物事の本質に迫ることでアイデアをゼロベースで発想することができます。
特に批判的思考と併せて使います。
例えばドリルの本質的価値は「穴」です。これはどういうことでしょうか?
顧客がドリルを使うのは、「壁に釘を刺したい」とか「工作部品を取り付けたい」といったときです。この際、ドリルは物を取り付ける穴あけに使用します。
言い換えると、「そもそも、顧客は穴が欲しいのであってドリル本体は要りません」
ということは、「穴だけ売るビジネス」があっても良いはずですね。
社会論の場合、ドラッカーは他者の考えを引用するときは必ず原典にあたります。
彼は「国家」は16世紀の経済学者ジャン・ボダン、「社会」はマックス・ウェーバーなどを調べ、数世紀前と現代の違いを比較しています。
6.早送りの発想法
10年先を予見し、ピタリと当てる。皆が「これがドラッカーだ」と思うのがこの「早送りの発想法」です。起業においては、「今が参入時期か?」と確認する上で重要な発想です。
早送りの発想法は、一見特異に見えますが、実は何てことはありません。
皆普通にやってる発想です。
例えば、ボールを投げたら何秒で壁に当たるかわかりますよね。これと同じです。
具体的には次のやり方です。
・構造の抽象化
・社会的力学の方向性抽出
・対象の未来の姿をイメージ
①ガラケーの画面見にくい
②画面は重要。じゃあ画面を大きく!
③あっスマホだ!
となります。
しかし、ここで大事なことは、「何を重要な価値とするか」です。ここが誤っていると、せっかくの洞察も生かされることはありません。
時代の趨勢や顧客の動きなど、様々な観察をしていくことが重要です。
◆ドラッカー思考は世界観を変える!
世の中のあらゆる問題には、本来「絶対」というものなど存在しません。皆がそれぞれの視点で見ているものだからです。
現に物理学の法則ですら、ニュートンからアインシュタイン、そしてホーキングなど、重心となる視点がどんどん変化しています。
世の中の現象は「観察者の見方」次第でどうにでも変わるものです。
起業家は、世の中の有象無象に囚われず、独自の視点で発想していくことが必要です。起業を目指されている方は、ドラッカー思考をマスターして想いを実現しましょう。
【追伸】
1月10日にドラッカーの分身、上田惇生氏が逝去されました。享年80歳でした。
今回のテーマは、氏の追悼の意を込めて皆さんへ提供することに致しました。
私と上田氏との出会いは、ドラッカーが亡くなった翌年の2006年です。
ドラッカー学会に入会したときにお会いしたのが上田氏であり、私は「先生」と呼んでいました。
氏はドラッカーのことなら隅から隅まで知っている、まさに「ドラッカー辞典」と呼ぶのにふさわしい方でした。できれば、今回のテーマは上田氏が生きている間に、公表したかったのですが誠に残念です。
代わりに皆さんに公表し、社会の発展に寄与したいと思っております。
尚、ドラッカー発想法は筆者が開発したものです。このため文責は筆者にあります。
問い合わせなどありましたら、筆者にまでお願い致します。